歯槽膿漏(しそうのうろう)が直った。

(病気の経過)
2005年のころ、私は歯槽膿漏にかかった。当時、私は60歳だった。
歯槽膿漏と判断したのは私自身である。歯が抜けたことが決め手となり
、突如歯槽膿漏だと気がついた。そのとき、ちょうどアフリカのアンゴラに居た。
医療のインフラが非常に劣悪な地方にいたので、抜けたあとはそのままで
、帰国するまで1ヶ月放置した。
歯が抜けてみると、歯槽膿漏にかかったことについて、
思い当たることがいくつかあった。

(口臭)
遡って、55歳ころから、相手と話をすると、相手がのけぞるようになった。
その原因は口臭である。しかし、誰も「くさい」とは言ってくれない。
家内がときどき、「あんた、口臭があるよ」と思い出したように言う程度だった
。歯がくさくても、本人には臭わないから、耐え難いわけではない。
だから、歯医者で治療をするとまでは考えなかった。
口臭対策としては、歯磨き、そして、リステリンで歯のうがいなどをした。
しかし、それは効果が少なく、結果、歯槽膿漏が進行することとなった。
私の歯は、4箇所が固定式のブリッジで、そのうち3箇所が、
トルコのフェリッド歯科医師によって作られたものだ。
そのブリッジは「義歯と歯茎の間の隙間」がほとんどなく、
しかも、ブリッジは歯茎の山に沿ってカーブをつけてあったので
、糸を通すことがほとんど不可能だった。
このため、この3箇所についてはブリッジして以降、掃除をしたことがない。
それが口臭の第一原因だと思うし、
歯槽膿漏の進行に有利な条件を提供したのだと思う。
残りの1箇所は北九州のシン歯科医師が20年前に保険でブリッジしたもので、
これは、シン歯科医師の独特の考案で、
ブリッジのビームの裏と歯茎の間に空隙を設け、
歯ブラシが届くようにブリッジを取り付けていた。
しかし、意外にも、これが実は歯槽膿漏で抜けた。

(歯茎の腫れ、そして抜けるまで)
歯が抜ける1ヶ月前に、その歯の根元の歯茎がはれた。
私は、さして重要と思わないで、歯科医に行かないまま放置した。
一週間ほどで腫れが引いたが、それで直ったと思った。
あとから思うと、のう胞が破れて、膿がでて腫れが引き、
痛みがなくなったようだ。
実は、このとき、「ナンマイダー」、歯が死んだのであろう。
ところが、歯が死んだにもかかわらず、
その歯は、ブリッジの他方の歯に支えられて、
元通り歯茎の中に立っていた。
ちなみに、あとで抜けた歯の根を見たところ、
歯の根はカビが生えたように色が変色して、
完全に蘇生不能の骨となっていた。
この歯の一生を省みると、ブリッジを40歳から支え続けて20年。
考えようによっては、20年がんばったのは「アッパレ」れだった。
しかも、弁慶の往生のように、死後一ヶ月ほど「建ち続け」ていたという
「おまけ」までついている。
しかし、抜けた歯がもう少し長期間「歯ぐき」の中に立っていたら、
もっとバイキンが繁殖し、歯槽骨をひどく痛めたかもしれなかった。

(帰国後の処置)
歯が抜けたあと1ヶ月ほどして帰国した。
歯抜けの状態は、他人から見ると、見苦しい。
私はこの際インプラントしようと考えた。
インプラントを得意とする歯医者は居ないかと、
インターネットで調べたら、丸の内に新しく開業した歯科を見つけた。
丸の内の医師は留学経験があり、論文発表もある人だった。
医師は、初診でレントゲンを撮り、フェノール・フタレインのような
赤くなる液を歯に塗り、真っ赤になった歯を写真に撮影し私に見せた。
赤いのが、歯槽膿漏の証拠であると告げた。
続いて、「歯の磨き方を教えてほしいか?」と私に聞いた。
わたしは、「歯槽膿漏の治療を始めるか?」、と聞かれる代わりに、
「歯の磨き方を知りたいか」と聞かれたので、少し面食らった。
それはさて置き、歯槽膿漏もさることながら、単刀直入に、
抜けた歯のところをインプラントしてくれるかどうかを聞きたかったのだが、
その場所は、歯槽骨が溶け、「歯ぐき」がぶよぶよしているので、
しばらく様子をみましょう、という答えだった。
歯槽骨の状態を把握するために、近くのクリニックでMRIは撮ってもらったが、
やはり「しばらく様子を見ましょう」、との話である。
歯槽膿漏については、歯槽膿漏の段階を診断するために、
「歯茎と歯の隙間」の陥没を計測してくれ、歯石も取り除いてくれたが、
これといった薬を塗りこんで処置してくれたわけではない。
歯槽膿漏の病気の段階は中程度だった。
良心的な医師だとは理解できたが、私から見れば、どうも煮え切らない、
すっきりしない。

(先端医療の扉をたたく)
歯槽膿漏の治療も重要だが、私の中では、
インプラントをすぐやってくれることがもっと重要だった.
そこで、インターネットで、ほかの病院を探した。
そうすると、患者自身のあごの骨を削ぎとり、
なくなった歯槽骨にパッチ当てをする歯科医院があることを知った。
当然パッチをあてた骨は着生後、
インプラントする人工歯根をしっかりと支えてくれるのだ。
しかし、それ以上に興味を覚えたのは、
「脊椎液からとった万能細胞を増殖して失われた歯槽骨を再生させる」
という手術だった。
これはいつぞやテレビで見たものだ。
インターネットを見る限り、その技術の開発と普及を目的として、
名古屋大学で試験的に再生外来窓口を設けたことが分かった。
そこで、すぐさまインターネットで予約を入れ、
紹介状を必要とすると書かれていたので、丸の内の医師に紹介状を書いてもらった。
しかし、名古屋大学の先端医療外来の担当医師の対応は、
私の希望とかけ離れたものだった。
担当の医師に会うまでに、若い医師2名がレントゲンを撮るなど、
いろいろな検査をしたが、
最後に、担当の医師に、「有職者で、県外者、年齢が若い(当時60歳くらい)」
という理由で、断られた。

(結局インプラント成功)
「先端医療が無理」、断られた理由に面食らったが、それはさて置き、
ならば、パッチ当てかと思ううちに、費用が高いことに気がついた。
そこで、また、例によってインターネットで安いインプラントをしてくれる歯医者を
探した。
偶然、神田のクリニックを発見した。
その先生に相談したら、そのままの状態でも、
インプラントが可能だという診断をしてくれた。
私は躊躇なく、そこでインプラントをすることに決め、
インプラントしてもらった。
インプラント1本すべて込みで15万円、2本入れてもらったから、
全部で30万円だった。
この先生は、土木技師出身で、外国の歯科の学校で歯医者の免許をとり
、歯科医に転向したとインターネットには書かれていた。
だから、日本の業界や学会に遠慮することなく破格の価格で治療をできるのだろう。
しかし、なにぶん、日本の歯科医師連中からは恨まれていたに違いない。
後日、何故か、路上で看護婦さんに抱きついたとかで、セクハラの罪で逮捕された。
いまは、医師免許はどうなったのか分からないが、
そのクリニックは、名前を変えて、引き続きインプラント専門の医療を行っている。
昔の先生は、クリニックの顧問で残っているようだが、
もう治療の現場には出ていない。
私は、65歳になって、新しい名前のクリニックで、
さらに一本インプラントしてもらった。
驚いたことに、新しい名前のクリニックは、値段が同じなのに、
以前よりも格段高度な検査、高度な手術を実施してくれた。
たとえば、その場で歯茎の断層写真を撮って、
インプラント可能かどうか、判断してくれたし、
手術では点滴で「うとうと状態」にして、歯根を埋め込んでくれた。
治療費の支払いも、現金前払いに加えて、カードも可となっていた。
カードなら、ポイントがつくから、家内が喜ぶ。

(歯槽膿漏はどうした?)
丸の内のクリニックも、インプラント専門のクリニックも、歯槽膿漏は怖い、
という認識では一致しているようだが、直すような気配はなく、
丸の内では、特別な一本束の歯ブラシをくれ、神田では歯間ブラシをくれただけだ。
そこで、わたしは、自ら歯磨の改善に取り組むこととなった。
まず、歯磨きペースト、これまで、私は、特に種類にこだわってはこなかった。
しかし、家内の薦めによって歯周菌を殺菌できる、
薬用ガム・デンタルペースト(日本のメーカーがバトラー社と提携)
を使うこととした。
つぎに磨き方の改善。
一般に、ペーストを歯ブラシに乗せて、歯を磨くことが行われているが、
私の経験によれば、これでは歯槽膿漏をやっつけるには十分でない。
そこで、歯磨きのやり方を変えた。
そのやり方とは、はじめに指で、歯と歯茎の隙間にペーストを塗りこんで、
そして、歯ブラシで磨くのだ。それを2回くらい繰り返す。
結果、歯槽膿漏は治った。完全に腫れが引いた。
その上、腫れが引いたので、現在は歯間ブラシも通すことができるようになり、
より、薬の行き渡りがよくなった。
私は65歳。歯磨き後、家内に、ときどき息を吹きかけて聞くが、
口臭はしないといってくれる。
歯茎からの出血もなくなり、
歯茎からの出血は普段の意識から忘れ去られている。
以上のように、歯槽膿漏が克服できたので、インプラントの歯は、
おそらく私が死ぬまで、役立ってくれるだろう。